neuしゅてるん☆210

Prev  «  [ 2017/02 ]   1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  11  12  13  14  15  16  17  18  19  20  21  22  23  24  25  26  27  28  » Next
プロフィール

Author:しゅてるん
neuしゅてるん☆主宰

neo
earth of
underground

<access>
地下東豊線
「豊平公園」駅
徒歩5分

<mail>
neu-stern
☆jcom.home.ne.jp

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ

よきことはカタツムリのように

何かを否定すると
とたんに
そこには
対立の構造が
できあがってしまう。

自分の思う“正しさ”と
誰かの思う”正しさ”が
ぶつかりあって

問題は
紛糾するばかりだ。

「ある問題を引き起こしたのと
 同じマインドセットのままで
 その問題を解決することは
 できない」アインシュタイン

まったく
そのとおり
なのである。

前回アップした記事。
自分で書いておきながら
何かひっかかるものがあって、

それは結局
自分の思う正しさと
資本家の思う正しさとを
対立させてしまったからだ
と気づく。

私は、
3・11以来
ものすごく
あせっていたのだ。

なんとかしなくては!
でもどうしたらいいのか?

巷にあふれる
バッドニュースに
足をとられ
溺れかけ
もがき・・・。

「Good travels at a snail's pace」
ガンジー
よきことは
カタツムリのように
ゆっくる歩む。

「木々は大きな音をたてて倒れるが
 音をたてずに育つ。」
スラック・シワラック

ああ、そうだ、そうなんだ。
よきことは
ゆっくりと静かに
実に地味に
だけど確実に育つ
ものなんだ。

バッドニュースの陰で
グッドニュースは
マイペースに
世界中のあちこちで
起こっているんだ!

だから
大丈夫なんだ。
そう思えた。

世の中には
それはそれは
いろんな考えの人がいて
答えは人の数だけあるのだ
ということを
知ること。

それは
実に大事なことなのだと
今更ながらに
思うのだ。

人は
それぞれのレイヤー(層)で
自分の意志で選択した
ゲームをプレイしている。
それが
地球という場所
なんだろうと思う。

私は
私の心の裏庭を抜けて
分け入った森で
迷子になりかけたけど、
実は迷子になどなっていなくて

私の歩いてきた道は
いつでも
歩くべき道だったわけで

ただちょっと
森が暗くて
つらかったんだと思う。

これからは
木漏れ日を浴びながら
ゆっくり
なるべくゆっくり歩いて
楽しもう♪

人間以外の
生き物や存在の
息吹を感じながら・・・。

(参)
「よきことはカタツムリのように」
辻信一

今日の元気度
ジャック・ニコルソン

ショーン・ペン

チョコを渡すのは
難しいので、
一番近くにいて
大好きなてっちゃんに
チョコをプレゼントします!
・・・先週、
キモチのブレーカーが
落ちてしまい
ただ今立ち直りちうにつき
9クララ


スポンサーサイト

生命は、誰かの持ち駒ではない。

「戦争は、防衛を名目に始まる。
 戦争は、兵器産業に富をもたらす。
 戦争は、すぐに制御が効かなくなる。

 戦争は、始めるよりも終えるほうが難しい。
 戦争は、兵士だけでなく、老人や子どもにも災いをもたらす。
 戦争は、人々の四肢だけでなく、心の中にも深い傷を負わせる。

 精神は、操作の対象物ではない。
 生命は、誰かの持ち駒ではない。

 海は、基地に押しつぶされてはならない。
 空は、戦闘機の爆音に消されてはならない。

 血を流すことを貢献と考える普通の国よりは、
 知を生み出すことを誇る特殊な国に生きたい。

 学問は、戦争の武器ではない。
 学問は、商売の道具ではない。
 学問は、権力の下僕ではない。

 生きる場所と考える自由を守り、創るために、
 私たちはまず、思い上がった権力に
 くさびを打ちこまなくてはならない。

  自由と平和のための京大有志の会の声明書全文」

戦争は
国と国との衝突
ではないし、

テロは
イスラム教徒の謀反
ではない。

戦争やテロは
確実にがっぽり儲かる
”ビジネス”なのだ。

兵器産業は
鉄鋼・ガラス・プラスチック・
ゴム・精密機械・コンピューター・
ゼネコンなどの
あらゆる産業が
”ぶらさがる”ことのできる
カネのなる木。

自動車産業も
原子力産業も同様だけど
すでに両者は斜陽だ。

で、
戦争は
資本主義が最後に
すがりつく
”夢の商品”なのだ。

この国にも
美しいCMを流しながら、
兵器産業に手を染めている
企業が
どんなにたくさん
あることか・・。

戦争をするには
莫大な軍資金が
必要だ。

貧しそうなテロリストたち

テロを起こすのだって
片棒を担ぐ輩が
いるってことだ。

テロリストたちは
資本家
(胴元は国際銀行)
の操り人形であり
捨て駒にすぎない。

彼らの生命を代償に
資本家は
懐を潤し続ける。

このカラクリを、
この茶番を、
理解しない限り

世界は
資本家の思うままだ。

私は、
資本家や
兵器産業にかかわる
企業に
アリ(蟻)の抵抗を
続けよう。

できるかぎり
現金主義でいること。

つまり
大手銀行や
クレジットカード会社を
儲けさせない。

ヤバそうな
企業のモノは
買わない、利用しない。

もちろん
資本主義のシステムは
蜘蛛の巣のように
張り巡らされて
いるから、
100%の回避は
難しいのだけれど・・。

そして
この世界で
”本当は”何が
起きているのか
しっかりと
見抜く目をもとう。

そしてそして

日々の暮らしを
祈りにしていこう。

目に見えぬ存在も
人間以外の存在も
加勢してくれることを
信じよう。

指輪物語のように。

今日の元気度
社会派しゅてるん
義憤に燃えて
5ハイジ

祈り

人間の愚かさは
加速度を増して
いる。

一部の者が
お金や権力を握るために
戦争や紛争が
絶えず世界を覆い

一応平和なこの国も
なんだかきな臭く

弱者は貧しさにあえぐ。

それでも
人間社会が完全崩壊
せずにいるのは、
祈る人がいるからだ
そうだ。

世界中の寺院や教会で
祈りのために
生きている人。

世界の片隅や
市井で
そっと掌を合わせる人。

祈る人は
誇らない。

ひとり静かに
祈る。

それゆえに
祈る人の姿ほど
美しいものはない。

私が天使だったら
祈る人の肩に
そっとふれて
祝福を贈るだろう。

祈りって
なんだろう?

私は言葉で
説明することが
できない。

また、
言葉にしてしまうと
それは祈りで
なくなってしまう
ような気がする。

「日々の暮らしが
 祈りなのよ。」

これは
佐藤初女さんの
言葉。

私も
毎日の
同じことの繰り返し
のような日々の暮らしに
祈りをこめられる人に
なりたいと思う。

愚かな者に
ならぬよう・・。

ヒトの大腿骨のかたちが
こうべをたれて
ひざまずき
祈る人の姿
のように見えるのは
何を示唆しているのでしょうか。

(参)「シュタイナー医学原論」
   L.E.C.メース

今日の元気度
自国を大切にするのはOKだけれど
他国を思いやれないのはNGだよ
トランプくん。
あ。安倍くんもね。
幼稚園児以下の思考じゃないか・・。
ハイジもクララも呆れます。

ワンオペ

”ワンオペ”
なる言葉を
最近知った。

ワンオペレーション。
牛丼店の従業員が
一人で調理から接客までを
こなさざるを得ない
過酷な状態のこと。

そこから
ワンオペ育児
という言葉も
できたそう。

それなら
我が家は
ワンオペ介護だなと
思った。

介護に費やす
労力や時間よりも
たった一人で
その責を負う
という重さが
一番辛いところだ。

もちろん
ケアマネさんや
リハビリスタッフ
などの協力は得ている。

大変だったら
更に介護サービスの時間を
増やす
とか

ヘルパーさんを
頼む
とか

そういう方法も
あるにはある。

が、しかし
それで肩の荷が
軽くなるとは
思えないのである。

夫をデイケアに送り出す
にしても
訪問ケアのスタッフを迎える
にしても
それなりの大変さがあるのだ。
(これはサービスを利用して
 わかったこと。)

加えて
てっちゃんのQOLを考えると
おそらく
現状がベストだろうと
思われ

あと
できることは
私自身の心の在り方を
折にふれて
確認、整理することだろう。
(そのために
 この文章を
 したためておるわけで・・)

責の重さは重さとして
受け入れること。

必ずや
目に見えない存在の
守護に与っているのだと
いうこと。

そして
これこそが
今私のミッションであり、

かつ
魂の修養である
ということ。

家事と介護に
明け暮れ、
「これでいいのか?」
と思うことも
多いのだが

「小さなもの、
 細やかなもの、
 ゆるやかに流れる時間、
 穏やかな日常を
 愛する心は、
 猛々しい何かへの
 静かな抵抗
 そのものになる。」
梨木香歩さんの
この言葉に
ふれたとき

ああ、
これでいいのだ
(バカボンのパパの
 名言でもある)
と思えたのだった。

今日の元気度
ものすご~く
久しぶりに
ハムを作った♪
2ハイジ

2017

2017年を迎え
うかうかしていたら
松の内も明けるころに
なってしまいました。

みなさま
今年もよろしく
お願いいたしまする。

さて。
昨年の12月25日からの
聖なる12日間終わりました。
やれやれです。

今回はなんだか
みる夢がどれも
少々不穏を呈し(げっ)

現実レベルでも
年末の忙しさのせいか
イライラして
夫に小言をブツブツ・・

なかなか穏やかには
過ごせませんでした。

どうなるのよ、2017年・・。

しかし
半世紀以上の人生を
振り返ってみれば、
いろいろあったときこそ
新しい扉が開いたじゃないか!
と、自分を励ましてみたり・・。

かえって覚悟がきまって
よかったというもの。
何が起きても
びっくりしないで
すむというもの。
(いや、それでもびっくりしそうだぜ)

2017年は
数秘では「1」の年。
新たなサイクルが始まる年。
スタートの年。
転機の年。

私としては
意識をより高いところへ
もってゆきたいものだと
決意しております。

幼な子のような無垢の視点で
あるいは
地球を知らない宇宙人の視点で
あらゆることを
見つめなおしてゆけたらと
思っております。

そして、
阿弥陀様の光を
自分の心とリンクさせるべく
精進する所存。

南無阿弥陀仏。

今日の元気度
お年越には
ナタリーさんのワイン
「enjoy」を♪
2017年のテーマは
これで決まり!!
3ハイジ


検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード