neuしゅてるん☆210

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プロフィール

しゅてるん

Author:しゅてるん
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8th!

来る
6月23日は
我ら夫婦の
結婚記念日。

8年がたちました。

結婚当初は
「しゅてるん」の
経営危機で
大変な時期
だったけれど、

いつもそばに
てっちゃんがいてくれた。

私の経営手腕のなさに
ひと言も文句を言うことは
なかった。

ただ黙って
そばにいてくれるのが
本当にありがたかった。

生活も
困窮を極めて
いたけれど、

ふたりでいると
それだけで
楽しかった。

3年目を迎え、
生活が少し
落ち着いてきたころ

てっちゃんは
脳梗塞を起こした。

もう少し、
あと何年かでも
健康なてっちゃんと
過ごしたかったと
何度思ったかしれない。

ふたりで
長い散歩に出かけたり

もっとおしゃべり
したかった。

今は
「今がいちばん
 いいな」
と思う。

失ったものも
あるけれど

それ以上に
ふたりで育んで
きたものがあって

それは
実った果実のように
甘やかで
やさしい味がする。

出会えて
よかった。

ここまで
8年間
共に歩いてこられて
よかった。

てっちゃん
ありがとう!

今日の元気度
今夜は
かねてから
てっちゃんご所望の
うなぎ食べます。
むふ!
2ハイジ

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無念でござる。

来月11日施行、
ですとさ。

ものごとというのは、
あからさまになる
ずっと前から

決定の
ずっとずっと前から

すでに
始まっている
ということ。

しかし

世の中が
どのようになろうとも、

自分は
自分の信じる
自分でありたい。

鳥のように

この世界を
俯瞰できる
賢いアタマと
鋭い感性を
もちたいものである。

今日の元気度
負け戦帰りの
落ち武者気分。
・・しかし、武士の気概は
 けして捨てぬぞ!
7クララ



発熱

過日、
数年ぶりに
発熱。

本当は、
熱をしっかり出しきって
自力で回復したかった
のだが

てっちゃんの介護が
あるので、
やむなく
病院へ行き
解熱剤を処方
してもらった。

私の体よ、
ごめん。

かかりつけの内科の
ドクターを
私は心の中で
「のび太センセイ」
と呼んでいる。

実にこころやさしい
ドクターなのである。

診察を終えて
待合室で座っていたら
のび太センセイが
診察室から
私のところへやってきた。

センセイは
ひざまづいて
(患者と同じ目の高さで
 ってことかな?)
「言い忘れましたが
 水分をしっかりと
 とってくださいね。」
とのこと。

こんなシチュエーション、
はじめてだな~。

発熱で
ぼんやりヨレヨレの
私であったが
これが一番の薬であった
ように感じた。

私は、体が弱ると
自分を閉じてしまう
傾向がある。

でも今回は
こまめに
てっちゃんに
体調の報告を
こころがけてみた。

大事をとって
3日間ほど
安静にしていたのだが、

てっちゃんは
様子を見に来てくれたり
「だいじょうぶ?」と
声をかけてくれた。

これも
沁みました。

つまり、
私は
人からのいたわりを
欲していたのだろうな~。

人は
他者からの
やさしさや気遣いを
真に欲する存在
なんだということ。

そんなことを
思った
今回の発熱でした。

私も
他者を気に掛ける気持ちや
ことばがけ、
はたらきかけを
肝に銘じよう。

今日の元気度
やっぱ薬で無理やり
熱を下げたせいか、
カラダが不協和音を
出してる感じっす。
5クララ

近況

過日
てっちゃんの
年に一度の脳外科受診。
MRI検査、異常なし。
今年もクリア。
よかった、よかった。

今年は3時間かかったよ。
待つって、
体力消耗します。

健康を祝し
いつもの蕎麦屋で
昼酒で乾杯!

天気がよかったので
てっちゃんお気に入りのカフェに
誘ってみる。

最寄りの電停まで
15分ほど歩き
久しぶりに
電車に乗って移動。
(タクシー代の節約です)

4丁目で降り、
そこから更に
15分ほど歩く。

背中に暑い陽射しを
浴びながら
ひたすら歩く。

”蕎麦屋”
とか
”カフェ”
とかは、
てっちゃんにとっての
ニンジンである。

件のカフェ、
5年ぶりか・・。
オープンテラスで
と思うも
あまりにも暑すぎて
カウンターで
コーヒーを。

私としては
街中を
二人で歩くのは
本当に久しぶりで
それが嬉しかった。

帰宅し、
ぐったり疲れているのは
私であって
てっちゃんは
涼しい顔しておった。

(戦前生まれは
 体力あります。
 高度成長期生まれの
 私はひ弱である。
 チクロとかのせいだろうか?)

今日の元気度
毎晩、ストレッチ。
180度開脚を
めざしている。
少々無理して
ハムストリング筋痛いっす。
現在120度ほどか。
1.5ハイジ

スタロドゥプスコエ 本編

我が夫の出生地
榮浜は
旧樺太に在った。

現在は
ロシア領土となり、
サハリン州スタロドゥプスコエ
という地名に変わっている。

戦前の榮浜は
樺太庁鉄道線の終着駅で
北部の町へ向かう船便が
発着する港町であった。

1944年
夫は彼の地に生まれた。

そして
その20年ほど前の
1923年には
宮沢賢治が
この地に立ったという。

彼は前年に
妹のトシを亡くしていた。

賢治は榮浜の海岸を
ひとり歩き
いっときを過ごした。

後年、
この樺太への旅
ことに、この榮浜が
「銀河鉄道の夜」の
モチーフになったと
考えられるようになった。

夫の友人が
昨夏サハリンを旅して
いろいろ資料を送ってくれた。

その資料をよすがに
ときおり私は
心の中で
榮浜の海辺に立ち
風に吹かれている。

「わびしい草穂やひかりのもや
 緑青(ろくせう)は水平線まで
 うららかに延び
 雲の累帯構造のつぎ目から
 一きれのぞく天の青」

「海面は朝の炭酸のために
 すっかりさびた
 緑青のところもあれば
 アズライトのところもある
 むかふの波のちぢれたあたりは
 ずいぶんひどい瑠璃液だ

 チモシィの穂がこんなにみぢかくなって
 かはるがはるかぜにふかれている」

宮沢賢治「オホーツク挽歌」より抜粋

1945年8月
ソ連軍が樺太全島を制圧。
日本人の引き上げがはじまる。

1949年
夫4歳
家族全員で函館に引き上げる。

当時幼かった夫に
樺太の記憶は
ないだろうが、

彼の瞳の
その奥に
緑青の海が
広がっている。

今日の元気度
「スタロドゥプスコエ」
・・・この響き!
詩的であるな。
でも覚えられないんだな、これが^^;
ロシア語のハードルの高さよ・・。
1ハイジ


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