neuしゅてるん☆210

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プロフィール

しゅてるん

Author:しゅてるん
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あかいみとはね

自分の望んでいるものが
何なのか

案外わかっていない
ものなのかもしれない。

ふいに
あるもの(こと)が
目の前に差し出されたとき
やっと気づく
ものなのかもしれない。

昨日の朝

ベランダに
ナナカマドの朱い実が
三粒

小指ほどの大きさの
薄茶色の
小鳥の羽が
一枚
ありました。

きっと
私がまだ
眠っていた
早朝に

窓の外で
小さな
物語が
編まれたのでしょう。

それらのgiftは
すべてが
掌にのってしまう
ほど
ささやかなもの
ですが、

秋の金色の
光を浴びて

なんて
完璧なのでしょう!

また
数日前には
夕暮れ前の空に
虹がかかりました。

あるいは

過ぎていった日々の
大切な思い出の中に
在った人たちからの
音信が続いています。

その人たちと
再び出会い
共に
今という時間を
紡いでいける
というgift。

たしかに

こうして
差し出されてみると

どれも
私のたましいが
ほんとうに
のぞんでいたこと
だったと
思うのです。

だれが
それを
知っていた
のでしょう。

だれが
それを
贈って
くれたのでしょう。

今日の元気度
夏から秋冬への
衣替え作業で
忙しいこのごろ・・
1ハイジ

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黒い雨

夏が巡ってくるたびに
井伏鱒二の
「黒い雨」を
読んでいた
武田百合子。

てっちゃんが倒れた
ばかりのころ
武田百合子の
「富士日記」を
読んでいた。

何気ない日常が
たんねんに
淡々と
記されている。

この日記を読むと
心が安らいだ。

さて

1925年生まれの
百合子は
どんな思いで
「黒い雨」を
読んでいたのか?

なぜ
毎夏
この本を
読んだのか?

私も
ときおり
夏がくると
「黒い雨」を読む。

今年の夏
数年ぶりに
読みました。

今まで読んだうちで
いちばん読むのが
きつかった。

原爆投下から
72年。

”リトルボーイ”
と名付けられた
原子爆弾が
エノラゲイ号から投下され
広島の街は
どのような惨状を
被ったか・・。

心理学用語における
”否認”という言葉

:苦痛や不安を避けるために
 現実を認めなかったり
 あるいは
 無意識に無視する
 という心理的防衛機制をいう

どんなに月日が
たとうとも
心の目をそらさずに
私はなんどでも
「黒い雨」を読もう。

2017年現在、

否認しなければ
身も心も
もたないような
ことだらけ。

それでも、
この世に生きている者の
責任として

何が起きているのかを
できる限り
見届けたい。

空には
うろこ雲が浮かび
秋の気配です。

早朝に降った雨にも
微量ながら
放射性物質が
含まれていることでしょう。

今日の元気度
今更ながら
井伏鱒二の偉業に
頭が下がる思いです。
8クララ

5年。

昨日の朝、
Jアラートなるものが
警報を出し

「頑丈な建物や
 地下に
 避難してください」

って
書いてあったけど

我が家の場合、
”急いで逃げる”

できない話し
なのである。

(クルマないし、
 てっちゃんは走れないし。)

もしものときは
できるだけの対応を
するつもりでいるけれど

ダメなときは
ダメだし、
助かるときは
助かる。

そこは
天のはからいに
ゆだねます。

8月の終わりを
迎えるたびに

いや、
年中何度も

てっちゃんが
脳梗塞で倒れた
未明を
思い出す。

明日で
まる5年がたつ。

実感としては
10年な感じ・・。

無我夢中を超え
悲しみや怒りを超え
とまどいを超え

今に至る。

てっちゃんと
共に

みんなの励ましに
支えられ

大雪山系を
踏破して
今は
ふもとの温泉で
ひと息ついている
ような
心もちである。

一日一日を
積み重ねて
5年間

ここまで
これたこと

てっちゃん
よくがんばったね!

わたしも
がんばりました。

そして
みんなに
ありがとう!!

今日の元気度
Jアラートを
使ってみたかったんだね~。
現代版の空襲警報・・。
日米あげての茶番劇に
うんざりっす。
9クララ

からっぽ2

「からっぽ」
という題で
記事を書いたら

コkメント欄が
楽しいやりとりで
”いっぱい”
になりました!

ほらね!

ほくそえんでいるのは
誰(何)
なのでしょうか?

「神の呼びかけである言語は
 木の葉がサラサラと立てる音、
 鳥たちの歌声や
 波の音で織りあがっている。
 神のことばは、
 香りと色彩を持ち合わせている。
 神はこのことばを用いて
 一人ひとりの祈りに
 祈りの答えを返している。」
アナスタシアシリーズ5
「私たちは何者なのか」
ウラジーミル・メグレ

たとえば

雨の降る日に
訪れた
古い建物の
窓から見た
雨と
濡れそぼる
樹々の緑。

+
その帰り道
ある人のことを
思って歩いていたら
本当に
その人に
ばったり会ってしまった
という
不思議!

今日の元気度
次元上昇した
んだろうか、
オレ・・?
2ハイジ

天のはからい

季節のめぐりも
太陽の光も
降る雨も
天のはからい。

そして
人と人とのご縁も
また
天のはからい。


改めて
想うこのごろ・・。

”生きること”
それこそが
人間のなしうる
芸術(創造行為)
なのだということを

シュタイナーは
申しておったような
気がするのですが、

だとすれば

天のはからい
というものは

人の描く
”日常”という
アートに対する

天からの
エール
なのかも
しれません。

今日の元気度
ここのところ
急にすごいことに
なっている・・。
3ハイジ


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