neuしゅてるん☆210

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スタロドゥプスコエ 本編

我が夫の出生地
榮浜は
旧樺太に在った。

現在は
ロシア領土となり、
サハリン州スタロドゥプスコエ
という地名に変わっている。

戦前の榮浜は
樺太庁鉄道線の終着駅で
北部の町へ向かう船便が
発着する港町であった。

1944年
夫は彼の地に生まれた。

そして
その20年ほど前の
1923年には
宮沢賢治が
この地に立ったという。

彼は前年に
妹のトシを亡くしていた。

賢治は榮浜の海岸を
ひとり歩き
いっときを過ごした。

後年、
この樺太への旅
ことに、この榮浜が
「銀河鉄道の夜」の
モチーフになったと
考えられるようになった。

夫の友人が
昨夏サハリンを旅して
いろいろ資料を送ってくれた。

その資料をよすがに
ときおり私は
心の中で
榮浜の海辺に立ち
風に吹かれている。

「わびしい草穂やひかりのもや
 緑青(ろくせう)は水平線まで
 うららかに延び
 雲の累帯構造のつぎ目から
 一きれのぞく天の青」

「海面は朝の炭酸のために
 すっかりさびた
 緑青のところもあれば
 アズライトのところもある
 むかふの波のちぢれたあたりは
 ずいぶんひどい瑠璃液だ

 チモシィの穂がこんなにみぢかくなって
 かはるがはるかぜにふかれている」

宮沢賢治「オホーツク挽歌」より抜粋

1945年8月
ソ連軍が樺太全島を制圧。
日本人の引き上げがはじまる。

1949年
夫4歳
家族全員で函館に引き上げる。

当時幼かった夫に
樺太の記憶は
ないだろうが、

彼の瞳の
その奥に
緑青の海が
広がっている。

今日の元気度
「スタロドゥプスコエ」
・・・この響き!
詩的であるな。
でも覚えられないんだな、これが^^;
ロシア語のハードルの高さよ・・。
1ハイジ


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omment


榮浜の「榮」なんですね....

賢治の北方志向、「ベーリング市」なんていう地名も、
自称北方民族の私にはリアルに煌いて見えたものです。

さちこ URL | 2017/05/12 10:28 [ 編集 ]


次回お会いしたときに、
旦那様の瞳を
じーーーーーーーっと
見つめてしまいそうです( ̄▽ ̄;)

すぷーん URL | 2017/05/12 15:05 [ 編集 ]


さちこさま
そうなんですよ!名前の由来は・・。
そして、わたしも北方民族に違いありませぬ。

しゅてるん URL | 2017/05/13 06:51 [ 編集 ]


すぷーんさま
浜には、アザラシがいたり
琥珀を拾えたりするそうですので
そんな景色も見えたりするかも!?

しゅてるん URL | 2017/05/13 06:54 [ 編集 ]


T

rackback

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